鹿島神宮の鳥居

東北の悲惨の陰になっているが、鹿嶋市周辺の被害も相当なもの。それについては、ご近所ブログのあれこれに詳しく報じられている。

今日は、我が家のメインのテレビが壊れてしまったので、最近のテレビを見てみようと鹿嶋市内の大手電機店へでかけてみた。もちろん浜風で。しかし、店内の被害が大きく危険で立ち入れないとのことで、玄関内でわずかな商品を並べているだけ。目的は達せなかった。

だからというわけではないが、つい先日も祭頭祭で訪れた鹿嶋神宮のあの巨大な鳥居が倒れたとニュースが流れたので、見に行ってみた。

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ニュースで見た崩落した鳥居はきれいに片付けられ、注連縄で囲まれた盛り土が2つあるだけ。

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盛り土が鳥居の柱のあとだろう。鳥居が健在だった下の写真と比べると分かる。 

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2009年4月4日の写真

自然災害と原発事故

報道に見る東電の対応は当事者能力を疑わせるものがある。しかし、この間の事態の推移を見ていると、どうも東電をあげつらうだけでは済まされそうにない。わが粗雑な知識と、テレビやネットのつまみ食い情報をもとに、もうろく頭でこう考えた。

複数の原子炉が同時並行で事故状態に陥っている原因として、いま見えてきているのは炉心や使用済み燃料棒を冷却するための、非常用(あるいは予備用)の電源が「津波」で使えなくなったということ。一方、地震による構造的な被害はなかったようだ。電源が正常ならおそらくこの大地震に対してまことに優れた耐震性を示したとして賞賛されたかもしれない。

(2011/03/24 訂正 福島第1原発は1号機のみGE製、あとはGEと東芝の共同、あるいは日立or東芝の純国産であった。資料の「主契約者」参照)。ただし、40年前に建造された原子炉本体の設計はGEによるものだった。 GEのジェフリー・イメルト会長は、恐るべき災害であり、徹底した調査が必要だが、今回の日本の事故について論ずるのは時期尚とコメントしている。営繕とその後の運用面には日本の技術が多分に入っているにせよ、このことは知っておく必要がある。おっと、脱線。

ここで問題となるのは、非常用電源が津波に対してどの程度の条件を考慮して設計・製造・設置されたかであり、その条件を満たしているのなら、その条件が、それまでの人類の経験からして妥当なものだったか、ということになる。地震に対して大丈夫だったのは、その条件が正しく設定され、現実がその条件を十分に満たしていたからであり、津波に対して弱かったのは、その条件の設定に不備があったか、あるいは、十分であったのに現実がそれを満たしていなかったから。今回の原発事故のケースは、そもそも経験不足から条件設定に遺漏があったと見るのが自然だろう。いくら人間が経験と理論で完璧に武装したと自負してみても、自然の側からすれば抜け穴だらけのザル籠のように見透かせる。自然災害が想定範囲なら、それに耐えるべく設計したものが対応できなかったら、それは責められるべきこと。しかし、人類の予想を超えていれば、責める刃は自分につきつけられる。そして、自然は、長い時間経過で見れば必ず人間の想定を凌駕する。

原子力を推進する側は素人を相手にむやみに安全性ばかりを強調する嫌いがある。われら素人側も日常生活において、原子力に大きく依存する電力という不可欠の恩恵を享受しながら、その一方で、それを提供してくれている相手の内実を正視してこなかった。原子力という危機をはらむエネルギー源を利用するなら、その危機の発現要因の一つである自然災害に遭遇することは不可避。そして自然はつねに経験を超えた現象を人に提示する。それにもかかわらず人類が原子力利用を採るのならば、「いくばくかの確率で原発事故は起きる」ことを覚悟する必要がある。

これまでの人類の浪費のつけとして地球温暖化が突きつけられた。それを緩和する術の一つが原子力であることは間違いない。これを採らないとするなら、高コストを覚悟で、自然エネルギー(水力、風力、太陽光、地熱など)の利用で人類に必要な電力を賄う技術を追究する一方、自然エネルギーで賄えるレベルまでわれわれの消費するエネルギーを削減するしかない。後者は、人類がいまだ経験のない生活レベルの低下をまねく可能性がある。いずれにしても、地球を食い散らかして、「一人の命は地球よりも重い」などどほざいていた付けが回ってきたのだと思わざるをえない。

地震

大変な地震で、当分は非常事態が続きそう。

こちらは東京へ出掛けていて地震に遭い、むこうで足止め。昨日、やっと家へ戻った。

高速バスでの帰途、隣の神栖市を通ったが、低湿地に築かれた市街地だけに地盤が軟弱で、液状化が至る所に見られた。歩道のアスファルトはめくれ、車道が陥没し、駐車場には吹き出した砂の層が厚く積もる。路面が不規則に変形して混雑などなかった道路がめずらしく渋滞。道路沿いの電柱も看板も転倒は免れたものの、ことごとく大きく傾いていた。皮肉だったのは住宅展示場で、「地震保証」と看板の出ている住宅にひびが入っていたこと。

バスの終着、鹿嶋神宮駅は低地にあるのでやはり被害が大きく、駅舎は修復中で立入不可。裏から回って駅員さんに訊くと、JR鹿嶋線、鹿島臨海鉄道ともに不通で、復旧には相当の日数がかかるとのこと。高架の軌道も下から見上げるだけでも大きく損傷している。

鹿嶋神宮からは歩いて帰ったが、ほとんど高台を通るコースのせいか地盤にはほとんど変化は見られない。ときどき石塀に被害があるほか、目立ったのは農家の屋根、とくに棟瓦の破損が目立つ。これみよがしに何層にも棟瓦を積めば崩れやすいのはあきらか。しかし、不思議なことに、同じような形式の棟瓦でも、すべて崩壊しているのもあり、まったく影響のない屋根もある。瓦大工の腕の差か、局所的な振動の差か、築後年数の違いかと考えても、すっきり説明できそうにない。一方、最近のスレート葺きの屋根にはほとんど被害はない。

帰宅すれば屋内は家具が散乱。テレビが台から落ちて破損。予備のテレビも映らず。どうやらアンテナ回路の断線。東京にいると情報に溢れているが、しばしラジオの音声のみという静けさ。今日になって、なんとかアンテナ回路を直し、テレビが映るようになったら計画停電とやら。暗くなったのでロウソクを灯してみる。ロウソクに火を点け、溶けたロウを皿に垂らしてロウソクを立てる。なにげなくその動作をしながら、はたして最近のひとは、溶けたロウでロウソクを固定するということに思いつくだろうかと考えた。
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OJerBlog更新:2016/11/30

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