中公新書 『神道とは何か』 伊藤聡著

表記書を読了した。宗教心はまったくないが、宗教には興味がある。突き放した言い方をすれば、なぜこうした心理的な文化が脈々と受け継がれ、現代にいたってまで人の心に大きな影響力があるのか不思議でならない。家の宗旨であったせいもあり、とくに神道には関心がある。

この書は、神道の歴史的な経緯を、歴史文献、研究資料を博引旁証して語ったもの。素人は内容の理解にたどり着くまえに、本文中にちりばめられた資料名、著者名の夥しさだけでもたじろいでしまう。消化不良をおこしつつもなんとか終章まで読み進み、最後の最後にたどり着いたのが、下記の一文だった。

「現代の神道の信仰の姿が、一見素朴に見えたとしても、それは古代のプリミティブな自然崇拝の残存ではない。それは、中世・近世・近代における神道の形成・発展過程において再解釈・再布置された結果として装われた「古代」なのである。なぜなら、仮構された<固有>性への志向こそが、神道の基本的性格なのだから」 伊藤聡

こういう経験を「啓示」というのだろう。始原的な日本の神の概念、仏教との習合、中世における吉田神道を中心とする多様な宗派の発生、近世の国学諸思想に取り込まれた神道の姿、そして本書の範囲には含まれないが明治以降の国家宗教としての神道などを知るにつれて、自分のなかで醸されてきたおぼろげな想念をズバリと提示された思いがしたのだ。

伊勢神宮の簡素を極めた構造美を、「古代のプリミティブな自然崇拝の残存」ではなくて「仮構された<固有>性への志向」が産みだした造形と言い切ってしまうのは勇気がいる。しかし、そう納得せざるを得ない思いである。

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OJerBlog更新:2016/11/30

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